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様々なジャンルの好きなことをただ書いていく、ほのぼのブログです。

3.11 5年

2019年8月29日
約 3 分

3.11 東日本大震災から5年

たくさんの人が亡くなり

家や車が流され

街が変わり

あの日以来、今でもたくさんの人が辛い思いをして過ごしている

20年住んでいた宮城

私の故郷、塩釜は、本マグロの水揚げ高日本一

お寿司の発祥した地といわれるほどの、

港町

幸い、私の家は高台にあったため、無事だった

最大の被害は津波によるものだったが

地震が持つものすごいパワーを

あの日とその後の数ヵ月で経験した

3.11 猫が騒いだ

部屋の本が倒れ、テレビは抑えないと倒れそうだった

揺れが収まっても何もできず

電気・ガス・水道・鉄道・ライフライン全てがとまった

父は会社だった

連絡が取れるように、携帯は電話以外使わないようにした

電気のつかないこたつで家族で暖め合いながら寝た

それでも寒かった

今日の寒さは、当時を思い出させる

そんな中、家に帰れず外で過ごした人たちもいた

晩御飯を作る前の地震

食べるものがなく、たまたま妹と母が作ってたチーズケーキをみんなで食べた

父とは連絡が取れるまで2、3日かかった

会社にあった車は流された

でもそんなことはどうでもよかった

水がでない

風呂にはいるための水もない

たまたまあったのは、2Lペットボトルに溜めた水

それを、皆で髪を洗うのに使った

水を学校にもらいに行っても、長蛇の列、震災の日から何日も経ってからだった

スーパーでは、無料で水と食べ物を配ってくれた

そこには、自分のことを後回しにして他人のために働く人がたくさんいた

そんな日が何日か続いた

まさか自分がこんな状況を経験するとはまったく予想してなかった

が、

震災や災難は突然起こりうる

それを予測して準備することがいかに難しいことか

準備、対策が、自分や人を守る

あの日のことは忘れられない

16だった当時は何も考えてなかった

とりあえず家が高台にあってよかった。くらいにしか考えてなかった

でも、人間は考えられるし、学ぶことができる

誰だって幸せになれるわけではないかもしれない

でも、学ぶことで、不幸は防げるし

防ぐ努力をしなきゃいけない

生かされてることに感謝しよう

そして、だからこそ

楽しく生きよう

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About The Author

Toshiki Sasaki
スーパーマンを夢見て生きる.
今年の目標は「悩まない」
このブログは個人的なものであり,所属を代弁するものではありません.

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